作者を捉える 「漱石を読みなおす」(ちくま新書)

小森陽一と言えば、大学で近・現代文学を専攻した人ならもれなく知っているような、いわばスター研究者である。文学部に入学したばかりの何も知らない大学生が、有名という理由のみで小森の本を手に取り、彼の批評理論を用いた鮮やかな分析に魅了されてしまう。何を隠そう私もその一人である。

そんな小森による本書は夏目金之助/漱石という「作者」について書かかれている。このようなことを聞けば、小森の仕事を知っている人なら意外な感じを抱く。というのも小森は構造主義的、あるいは記号論的な立場を採ってきたからである。

本書は全部で9章からなっており、これらが「漱石」を記述していく切り口になっている。それぞれのテーマについて小森は漱石の作品、その背景にある社会的文脈についても言及し、「漱石」を記述する。その過程は鮮やかであり、小森の提示した9つの視点でもって漱石の作品たちを読みなおしたいという気持ちにさせられる。

章ごとにある程度完結しているし、特定の作品の分析部分だけ読むといった断片的な読み方も可能だが、読み通すと固定化された「漱石」のイメージとは違った、別の「漱石」が、しかも複数立ち上がってくる。小森自身、「あとがき」で「一見伝記的事実に即しているかのような書かれ方をされていますが、それは文豪や偉大な思想家として出来上った「漱石」から、過去をふりかえるような伝記とは似て非なるものです」と述べる。偉大であり、それゆえ手垢がついた「漱石」からその作品群を照射するのではなく、一個一個の作品から「漱石」を記述することを試みているのだ。小森の用語で言えば、「内包された作者」(『文体としての物語』)の記述ということになろうか。

本書は、「漱石」という作者に限らず、広く読むという行為における揺らぐ作者というものを見せてくれる。このことは文学の授業において作者から作品を見ることの不可能性を証明している。